【「原発がたくさんあって、どうやって生きていったらいいとよ」~佐賀地裁にて原告意見陳述】

玄海原発3号機「原子炉起動」という暴挙のあった3月23日の午後、佐賀地裁では玄海原発行政訴訟第17回口頭弁論、全基差止第25回口頭弁論が開かれました。

午前中の玄海発電所前と九電本店前での抗議、佐賀県議会請願採択傍聴など各地で行動に参加した仲間が佐賀地裁に結集。今回初めて裁判所前にも右翼が街宣車を出し、警察が物々しく警備に来るなど、異様な雰囲気の中での傍聴行動となりました。

 

法廷では原告2人が意見陳述。

唐津市の北川浩一さんは、いざ避難となった時に強いられる家族、孫たちの放射能被ばく状況を克明に描きながら、「人っ子一人いない唐津の町に、唐津くんちの曳山14台が潮風に吹かれ打ち捨てられている幻影がふと脳裏に浮かぶ」と、放射能への恐怖からの解放を痛切に訴えました。

 

福岡市のえとう真実さんは、3.11直後に息子から「原発がたくさんあって、どうやって生きていったらいいとよ」と言われた時の衝撃を振り返りながら、生き物たちや未来の子どもたちも被ばくさせるようなことはあってはならないと毅然と訴えました。

入廷前アピール行動、報告集会では、参加者一同、再稼働という暴挙への怒りを共有し、すべての原発をなくすまで行動を続けていくことを確認しあいました。

※裁判進行状況は別途報告します。


陳 述 書

2018年3月23日

佐賀地方裁判所 御中

住所 佐賀県唐津市

氏名 北川浩一

 

(1)

 この場を与えていただきました皆様に感謝申し上げます。

 玄海原発から車で30分、直線距離約13kmの唐津市(人口12万)に居住する71歳の北川浩一と申します。福岡市から移住し36年、薬剤師としての業務の傍ら、学校環境の管理、薬物乱用防止、看護学校講師などの職責に携わってきました。

 一刻も早く原発のない国になることを願い意見陳述をいたします。

 国民多数の意に反し、根拠なき自称"世界一レベル"の規制基準のもとに玄海原発再稼働は秒読み態勢に入りました。3月某日の再稼働直後に原子力過酷事故が発生したと想定したとき、私達夫婦と、同じくUPZ30km圏内に暮らす子どもたち2家族8人にどういう事態が待ち受けているのか、私の不安と危惧と怒りをお話ししたいと思います。わが身のこととしてお聞きくだされば幸いです。

 

(2)

 私達3家族、それぞれ玄海原発から12km、15km、17kmに居住しています。いずれも、原発から東南の方角に位置しています。唐津では4月から6月の南寄りの風を除き、年間平均時速8km弱の風が原発方向から吹いています。放射能が漏れれば私たち3家族は2時間以内に被曝を余儀なくされます。

 本来なら原子炉の冷却不能情報と同時にできるだけ早く遠くに避難すべきでしょう。しかしながら島国日本には被曝を避けられる場所などどこにもないのです。

 

(3)

 佐賀県策定の避難計画に従ってみましょう。

 警戒事態発生の発令をPAZ(5km圏)と同時に入手。私達夫婦は薬局の職務上、緊急調剤応需体制をとり屋内退避準備。

 子ども家族は次の施設敷地緊急事態(放射能放出の可能性)発令前に孫4人(各家族2名)を保育園、幼稚園、小学校から引き取る。これには大混雑が予想され数時間要すると思われます。道路では勤務先から帰宅を急ぐ親の車、子を引き取る車だけでも渋滞。さらに、PAZ5km圏8000人の一部が避難開始。それに自主避難者の車が加わる混雑状態。この時点でヨウ素剤入手のため備蓄センターに走る。私の家族たちは首尾よく全員が揃いヨウ素剤の準備ができたでしょうか。

 次は施設敷地緊急事態発令に進展。屋内退避の準備。この時点でヨウ素剤入手に動き出す家庭が多いと思われます。事前に入手した家庭は数パーセントにすぎません。ヨウ素剤は水・食糧3日分と同様に用意する必要があるが、備蓄センターに医師、薬剤師は派遣されているのでしょうか。未だにヨウ素剤の学習も事前配布も確立していません。ヨウ素剤入手が不首尾で甲状腺がんを発症すれば、その責任は自己責任を問われることになるのでしょう。

 次の段階、燃料棒損傷などの全面緊急事態発令。

 新規制基準にあるフィルター付きベントも事故対策指令室である耐震重要棟も数年後に完成の予定です。施設完成時までは事故は起きないという想定なのでしょう。かくも安全をないがしろにした人権無視の基準があるのでしょうか。これでは事故の進展は福島より早い可能性が高く、屋内退避開始どころか直ちに避難を始めねばなりません。

 計画では屋内退避の安全性を強調していますが、たかだか10%の被曝量の軽減にしか過ぎません。わずか2~3日分の水食糧をかかえ、当てもない救援を、放射能の低下を、待てというのでしょうか。

 

(4)

 我々3家族は毎時20マイクロシーベルト超への情報を受けた時点でそれぞれ決められた避難所に向かうことにします。予定避難場所が風下であっても指示は変わらないのでしょうか。県の試算によると30Km圏外への避難時間は14時間~19時間を要しています。その間の4人の孫の被曝量は一体どれくらいになるのでしょうか。

 これが、もし夜なら、大雨なら、台風の時期なら、雪なら、余震下なら・・・またこれらの複合事態だったらどうなるのでしょうか。

 たどり着いた予定避難所は基本的に原発風下に位置し再避難の不安もぬぐえないでしょう。

 避難所生活以後の私たち家族は福島の人々が置かれ続けている過酷な状況を再現することになるのでしょう。当然年間線量20ミリシーベルトの唐津に住めといわれるのでしょう。労働基準法に定められた放射線管理区域の約4倍の汚染地域に住まわされるのです。この値を公表した時の内閣参与の東大教授が「これで私の学者生命は終わった」と記者会見の席で落涙したことは忘れ去られたのでしょうか。

 

(5)

 福島震災の反省を踏まえて避難計画が策定されました。本来、被曝からの避難は被曝ゼロを目指すべきでしょう。5~30Km圏の人々は放射能が毎時20マイクロシーベルト以上になるまで屋内退避を指示されました。だれも容認していない被曝を強要されるということは補償体制が整っているのでしょうか、被曝証明、被曝線量の測定、公的治療、将来にわたる健診制度が用意されているのでしょうか。

 一企業の、代替技術がいくらでもあるたかが発電のために、私の子や孫は放射能に起因するガンをはじめとする多くの疾患に怯えながら生きていかねばならないのです。その影響は世代を超えて伝わることは、広島、長崎、チェリノブイリが証明しているのではないでしょうか。これを人権侵害と言わず何というのでしょう。いまだ正しい放射能学習も避難計画学習もやらず、納得のいく原発の必要性すらも説明できず、責任の所在も明確にせず、被曝前提の避難が強要されている。この国に私達の生命、財産、国土を守る意思があるのでしょうか。そのために設置された原子力規制庁ではなかったのですか。

 毎日、街角で畳大の原発反対の幟2枚を掲げて立っています。車列が途絶えたほんの一瞬、ふっと真空状態のような静寂が訪れることがあります。人っ子一人いない唐津の町に、世界文化遺産に登録されたばかりの曳山14台が、潮風に吹かれ打ち捨てられている幻影が脳裏に浮かびます。

原発事故の取り返しのつかない影響は、福島を起点にまさに現在進行中ではありませんか。私だけは、私の家族だけは、私の地域だけは、災厄から免れるとでも皆さんはお思いでしょうか。単なる科学論争や経済論争に矮小化することなく、社会科学、倫理学、医学、哲学、環境学、宗教学などを踏まえた観点で原発の是非は論議されなければ将来に取り返しのつかない禍根を残すことになるでしょう。

 直近(2018年2月共同通信社他)の世論調査によれば原発事故懸念83%、今すぐ稼働ゼロ・将来ゼロ合わせて75%、避難計画不可65%の民意が示されています。

 主権在民、三権分立…小学校生でも諳んじるこの言葉が死語になっていないでしょうか。

 人権の最後の砦である憲法、その解釈を任された司法の責任は重い。

 ポスティングで出会った多くの人から、怒りをこめた諦めの言葉を聞いた。「何回反対の署名ばしたね、なーも変わらん。どげんしたらよかと。金のまわっとっとやろう。国策やけん、どうしよんなか。国民がばかたいね!原発が国難たい!」

 

 明るい未来を信じ、国民がともに前に歩き出すきっかけになる判決を期待して陳述を終えます。有り難うございました。

 

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2018年3月23日 意見陳述 北川浩一さん
行政訴訟第17回口頭弁論
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陳 述 書

2018年3月23日

佐賀地方裁判所 御中

住所 福岡市西区

氏名 えとう真実

 

 福岡市西区在住の江藤真実です。

中学校1年生の息子と小学校5年生の娘がいます。息子が1歳になったころ、今の家を建てて引っ越しました。その頃は福岡市内では玄海原発に近い場所であるということは全く考えませんでした。

 

 東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故が起きたのは、息子が小学校に上がる直前です。長崎出身の私は周りの友人たちよりも「放射能」や「被ばく」ということに敏感だったと思います。

原発事故に関するテレビのニュースに違和感を覚えてTwitterを始め、パソコンにしがみつくように、子どもがいない間、子どもが寝てしまってから、情報を集めました。その頃のことを思い出すと、今でも胸が苦しくなります。

 

 私の家族は人間だけでなく、9匹の猫も一緒に暮らしています。福島で避難した人たちは、すぐに自宅に帰れると思って、犬や猫を置いたまま避難しました。その後におきた酷い出来事をここで話すことはできませんが、人間が作った原発の事故で何の罪もない生き物が数限りなく犠牲になったという事です。2016年1月に汚染地帯で発見された狐の死骸の大腿筋を測定したところ18000Bq/Kgであったという記事をみたときは人間の罪深さに体が震えました。

 

 2011年の5月、このまま情報を集めて自分だけが対策をするだけではどうにもならないと考えて、生まれて初めてデモに参加しました。

当時6歳と4歳だった子どもたちを連れていくにあたり、上の子にだけでも「なぜデモに参加するのか」を伝えたくて、原発のことと福島で起きていることを話しました。息子は「まだ6年しか生きとらんとに、そんなの(原発)がたくさんあって、どうやって生きていったらいいとよ」と私にききました。あの時の衝撃は忘れられません。

まさかそんな言葉が返ってくるとは思ってもいなかった自分の傲慢さ。ただ被害者であるだけの大人はいないのです。初めてこれまで何もしてこなかった自分の無責任さを思い知り、心底後悔しました。そこが私の活動の原点です。そして息子のその言葉は、すべての生き物たちの言葉でもあるのだと感じています。

 

 疑問をもって情報を集めれば集めるほど、信じられないことばかりが起きていることがわかってきました。事故直後、内部被ばくを避けるために、国策として食品の流通が変わるだろうと考え、それも仕方がないと覚悟しました。しかし流通はほとんど変わりませんでした。その代わり、飲食物の放射能安全基準値がありえないくらいに緩く定められました。

 

 九電交渉にもできる範囲で参加してきました。申入れに参加して、具体的な返事を聞いたことも、誠意を感じたことも一度もありません。福島の原発事故でも国や電力会社は十分な補償を行っていません。チェルノブイリでは義務的に移住しなくてはならない線量のゾーンであっても福島では人が住んでいます。更に避難指示の解除にともない、この3月で家賃や慰謝料も打ち切られることになっています。

 Twitterを通じて、福岡に自主避難してきた皆さんから連絡をいただくことも多く、そこからお付き合いが始まった友人たちが多数います。みなそれぞれ違う時期に福岡に移住してきましたが、皆さんその費用は自身で負担しています。経済的に逃げたくても逃げられない人たちがどのくらいいるのか予想もつきません。

 移住の理由は、既に健康被害がみられた人、将来的な健康不安を考えた人など様々ですが、健康被害を感じていた人においてもばらつきがあり、家族間でも違います。そこに因果関係をみつけることは難しいのです。因果関係がはっきりしなければ企業が責任を問われることはありません。

 福島の原発事故は、電力会社に、事故が起きても補償はそこそこで打ち切ることができるという不条理な前例を作ってしまいました。だから各電力会社は平気で再稼働をしようとしています。責任を取る必要がないのだから目先の利益の為に原発を動かすのです。

 

 そもそも電力不足はありえません。脱原発を決めて自然エネルギーへと舵をとっている国はもう日本のだいぶ先をいっています。日本が脱原発を目指さなかったからいまだに原発をとめたら電力が足りないと言わなければならないのです。

 また電気やエネルギーは命や環境と天秤にかけられるものではありません。重大事故が起きればいかに多くの命が犠牲になるのか、健康を失うのか、私たちは思い知ったはずです。それは立地自治体だけでなく、県を超え、国を超え、地球規模の環境汚染となってそこに生きるすべての命を脅かしています。そのことがほとんど知らされていない事実に憤りを覚えます。

 原発は安全だという言葉はTVや新聞やあらゆる媒体に流されていて、私もどこかでそれを信じてきました。浅はかでした。事故はおきる、そして事故がおきても、人間にはなんの手立てもないのです。私が住んでいる福岡市は西風の時は玄海原発の風下になります。福島原発事故のときの飯館村と同じ位置です。目に見えず臭いもしない放射性物質が気づかないうちに襲ってくるかもしれません。汚染を完全に除去することは不可能に近く、私たちはただ黙って被ばくするだけです。そして他の生き物も被ばくさせ、未来の子どもたちも被ばくさせます

 

 避難計画もあってないようなものです。30kmを超える地域は自宅待機。これ一つとってもどれだけいい加減かがわかります。真夏だったらどうするのですか?エアコンも使えない、風を通すこともできない環境で家に閉じこもったら、熱中症になるでしょう。家族で自宅待機できるまでにどれだけ被ばくすることか。考えただけで恐ろしく、身震いがします。事故がおきる時間帯も季節も、なにも想定されていないかのような避難訓練を視察するたびにうんざりします。動物を連れた避難訓練も腹立たしいほどにお粗末でした。とても家族を守ることなどできないと絶望的な気持ちです。また電力会社の事故を想定した避難訓練を、なぜ自治体が税金を使ってやるのだろうと、別の疑問も湧いてきます。自然災害は避けられないから避難計画が必要です。でも原発は人間が作ったもの、人間がやめることをきめれば原子力災害はおきません。避難計画を立てることもなくなります。

 もしも玄海原発で事故がおきたら、私たちの暮らしは一変するでしょう。

命を失うことがなくても、家族の健康を守るために、福岡に移住してきた友人たちのようにこの地を離れることを余儀なくされるかもしれません。住宅ローンを払い続けながら、仕事もやめざるを得ない、親しい友人たちとも離れてしまうという状況を家族全員で受け入れることができるでしょうか。今の暮らしは根こそぎなくなってしまうのです。

 

 それだけではありません。いったん事故をおこしてしまうと、廃炉にすることもままならないのは福島の現状をみると明らかです。誰がその作業をするのでしょうか。燃料を掘り起こすところから始まる被ばくの問題は、永遠につきまといます。それは差別の問題でもあり、人権の問題でもあります。安全な再生可能なエネルギーが他にもあることを私たちは知っています。電気をつくるために誰かが犠牲になるべきではありません。

 

 再稼働はやめてください、再稼働している原発は止めてください、そして原発を廃炉にすると決めてください。もう選択肢はありません。

 

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2018年3月23日 意見陳述 えとう真実さん
全基差止第25回口頭弁論
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